7月30日、午後7時過ぎ私は King’s Park のベンチにひとり座って彼らの到着を待っていた。メインピッチではタイガースのファーストの選手たちが練習の前のストレッチを始めている。ビールを半分くらい飲み終えたころ、数人の間違いなく日本人と思える男たちが周りをキョロキョロしながら近づいてくるのが見えた。胸に「三機工業」というスポンサー企業のロゴマークが入ったトレーニングジャージを着ている。間違いない、彼たちだ。聴覚障がい者ラグビー7人制日本選抜チーム「クワイエットタイフーン」の選手たちだ。
明日の香港との国際親善試合に参加するためにこの日、香港に到着したばかりだ。先頭を歩いてきた青年に「キャプテンの大塚さんは?」と声をかけた。正直に言うと、実は私は声をかけるのを一瞬躊躇した。彼らが「Hearing Impaired(聴覚障がい者)」であることを知っていたからだ。
すると「後ろから来ています。」と教えてくれた。確かに少し聞き取りづらい印象は受けたが、普通に意思疎通が出来たことに少し腰を折られた気がした。すぐに大塚キャプテンが来てくれて「渡邊さんですか?ありがとうございます。」と顔をくしゃくしゃにした笑顔で挨拶をしてくれた。周りにいた他の選手たちは「誰やろっ?このおっさんは、ビール飲みながらキャプテンと挨拶なんかしてるし???」といった様子で見ていた。そりゃそうだと後から思った。香港との親善試合の前日練習グランドで知らないおっさんとキャプテンがなんで知り合いなんやろ?と不思議がるのも無理はない。
聴覚障がい者ラグビー国際親善試合、このイベントが King’s Park で行われることを知ったきっかけは、私が所属する香港日本人ラグビーチーム GaiWu Blossoms の兄妹チームの Christy から届いたメールだった。31日朝9時からだから応援に行ったら?というものだった。そこには、Japanese Deaf Rugby against Hong Kong Deaf Rugby team と書いてあった。すぐにネットで調べてみるとすぐにそのページは見つかった。「Equal through Rugby」スローガンを掲げて笑顔でうつる選手たちの写真とともに歴史や活動内容が書かれていた。その中に確かに「Hong Kong tour 2019」というタグがあって内容を確認すると確かに31日に親善試合とタッチラグビーのエキシビションマッチへ参加するという情報が書いてあった。すぐに「お問い合わせ」のタグからメッセージを送信した。香港在住で日本人ラグビーチームに所属していること、そして、31日は必ず応援に行きますと!翌日になってメールの返信が届いた。その返信メールをくれたのがキャプテンの大塚さんだった。ホームページには遠征のスケジュールも開示されていて、30日に日本から移動して13時に香港着、19時30分から練習することがわかった。練習場所までは書いてなかったのでが、きっと King’s Park だろうとヤマを張って待っていた。それが冒頭の話です。
練習を見に行こうと思った理由は、彼らはどうやって試合中にコミュニケーションを取るんだろう?それを実際に見て確かめたかったのです。練習を見ていて思ったのですが、彼らの練習風景をみていて思ったのは、よくコミュニケーションをとっているなということです。会話の基本は当然ですが「手話」です。練習前の少しの時間や練習が始まってからも常に会話しているように見えました。それからとても印象深かったのが意思疎通をはかる能力がとても高いんじゃないかということです。それは各自が周りの次のプレーを予測しての動きなのか?経験から身についた自然な動きなのか?直接聞いたわけではないので、私の勝手な推測でしかないのですが、確かに間違いなく選手それぞれが周りを認識して動いているように見えたのです。それは目から入る情報と肌で感じる振動情報を敏感にキャッチしているのかもしれないなと思ったのです。実際、トレーナーさんが手を大きく叩くとみんながそれに反応します。音として認識するのではなく振動として認識しているのかな?と思ったのです。1時間ほどの練習を見学させてもらって自分の疑問をスッキリさせて、ストレッチしている選手たちに挨拶をしてピッチを後にしました。
朝、天気はどんよりとした曇りというか霧雨状態。スマホで香港気象台の予報を見てみるとすでにシグナル3が発令されてた。それでも傘を持ち歩くのが嫌いな私はいつもの香港みたいに午後からカンカン晴れになるんじゃないかなぁと思いながら、でも一応折り畳み傘をもって家を出た。最寄のジョーダン駅について階段を登って地上へ出てみると朝みた曇り空が少し明るく見えて、雨は降っておらず自分の信条を曲げて傘を持って来たことを少し後悔した。グランドでは香港チームとレフリー、デディカル、大会の関係者たちが準備を進めていた。国際親善試合と言っても手作り感のある大会だ。現在、アジアでこのデフラグビーを実際に行っている国や地域は日本と香港だけらしい。発起人の長田さんによると日本でも15人の選手が揃えられないというのが実態だそうだ。その意味ではセブンスというカテゴリーはオリンピック競技でもあるし合っているかもしれない。今回の大会に向けて選抜された選手たちは普段は関西と関東で別れて住んでいて、個別で練習をしているそうだ。監督の落合さんによると今年の3月から毎月合宿をしてチームを仕上げてきたそうだ。今回の香港との親善試合をひとつのきっかけとして聴覚障がい者ラグビーの輪が大きく広がっていくことを願うばかりだ。
選手たちアップを終えて合わせの練習を始めたころ小雨が降り出した。と同時に香港気象台が12時から2時の間にシグナル8を発令を検討していることがわかった。シグナル8が発令されると香港の学校や公共機関、店舗など全てがクローズされる。当然、ここ King’s Park も例外なくクローズされることになる。よりによって台風も今日の親善試合に合わせて来なくてもいいのに。。。
10時45分、第一試合が始まった。雨はどんどん激しくなっていく。とんでもない豪雨になったり、でも一瞬小降りになって空が明るくなりかけてまた豪雨、そんな最悪のコンディションの中、選手たちは一生懸命に走っている。グランドの上からビデオ撮影しながら見ているとデフラグビーであることを感じない。一人一人が周りを常に意識して手や目を使ってコミュニケーションを取りながら組織として相手と戦っている。それは香港のチームを同じだ。感動した。できればもっといい天気のもとで試合ができていればと思った。3試合ともにクワイエットタイフーンが香港を圧倒して勝利した。今回の親善試合を第一回と位置付けており、香港チームとは今後も定期的に開催していくを約束したとキャプテンの大塚くんが試合の後に話してくれた。記念すべき大会に少しではあるけれど関われたことをとても嬉しく思っている。別れ際に選手みんなが握手をしてくれた。そして口々に「ありがとうございます。」と言ってくれたのがはっきり分かった。この時私は彼らの計り知れない「優しさと強さ」を体いっぱいに感じていた。なんとも不思議な感覚だった。こちらこそ「ありがとう」と心から思った。また、来年香港で会おう!聴覚障がい者ラグビー7人制日本選抜チーム「クワイエットタイフーン」
日本聴覚障がい者 ラグビーフットボール連盟ホームページ:https://deaf-rugby.or.jp/